『星詠み人〜アサギマダラと天文図』には、災いの歌が登場します。
災いの歌は、古代においてあった「童謡(わざうた)」のこと。童謡は呪術的な力を持つ社会批判の歌「技<ワザ>(ちから)歌」です。
童謡は社会的事件の前兆に起こります。その事件を暗示している歌です。
ですから、「災いの歌」が起こると何かが起こると考えられたわけです。
『星詠み人〜アサギマダラと天文図』の主人公の天文生は、朝廷をよいものにしようと、務めている若者です。
災いの歌(童謡)が流行ると、何かが起こる、、そう思われていましたので、劇中で災いの歌が聞こえてきた時に、国に君主に何かが起こってしまうのではないかと、恐れます。
・
童謡(わざうた)とは、古代日本で流行した歌謡の一種。社会的、政治的な風刺や予言を裏に含んだ、作者不明の流行歌。古代歌謡の中でも、社会的事件の前兆として歌われたとされています。
童謡は『日本書紀』『続日本紀』などのに六国史に記されています。
元々は歌垣、嬥歌の歌であったが、権力者を恐れて、もしくは憚って、語りにくい宮廷の醜聞、政治家の陰口の真相、もしくは疑いを、世に広めるために、社会批判の流行歌として広がったと考えられています。
『日本書紀』に特に多く収録されており、11首ある。
(皇極天皇紀4首・斉明天皇紀1首・天智天皇紀6首)
<童謡の例>
『日本書紀』の皇極天皇期2年(643年)10月
蘇我入鹿が上宮に住まう山背大兄王を含む皇子達を廃し、古人大兄皇子を天皇に立てる謀略が発生したが、そのときに次のような童謡があったと記されている。
岩の上に 小猿米焼く
(いわのへに こさるこめやく)
米だにも 食げて通らせ 羚羊の翁
(こめだにも たげてとほらせ かまししのをぢ)
翌11月の記述で、当時の人々は、この童謡を、「山羊に風貌が似ていた山背大兄王が宮を捨てて山奥に逃走したことである」と説いたとある。
同じく皇極3年「人有りて、三輪山に猿のひるねを見、ひそかにそのひじを執らふるに その身をそこなわざりき。猿なお合眼ぎて歌ひしく、」
向かつ峰(を)に 立てる夫(せ)らが
柔手こそ 我が手取らめ
誰が裂手(さきて)そもや 我が手取らすもや
<意味>
向こうの山に立っている人は私の手を取ってもいいでしょう。でも、だれがガサガサした手で私の手を取るでしょう。
<前兆的解釈>
入鹿の荒々しい手が山背の大兄の王を捉える。
同じく皇極3年
はろばろに 言そ聞こゆる 島の藪原
<意味>
かすかに話し声が聞こえる 島の藪原で
遠方(おちかた)の浅野の雉(きざし)
響(とよ)もさず 我は寝しかど 人を饗(とよも)す
<意味>
遠方の浅野の雉は声を立てて鳴く。私はひっそりと寝たのに、人が見つけてやかましく囃し立てる。
小林(をばやし)に 我引き入れて せし人の 面も知らず
家も知らずも
<意味>
話に私を引き込んで 私を抱いた人 顔も家も知らない人
天智9年
夜中に法隆寺に火がついて 余ることなく燃え尽きた
たくさん雨が降り 雷が鳴った その時の童謡
打ち橋の 頭(つめ)の遊びに 出でませ子
玉手の家の 八重子の刀自 出でましの
悔いはあらじを 出でませ子
玉手の家の 八重子の刀自
<意味>
寺が焼けるから 早く家から出てこい
