石牟礼道子さん

2020年3月11日に出演する「緑亜紀の蝶」は石牟礼道子さんの作品です。
石牟礼道子さんについて、少しだけになりますが、ご紹介します。

石牟礼道子さんは、3月11日に熊本県天草に生まれ、生後3ヶ月で水俣に移り、教員、主婦を経て作家活動を開始します。
1969年に、水俣病の現実を描いた『苦海浄土(くかいじょうど)―わが水俣病』を出版して注目を集めるとともに、水俣病を患った人の声なき声に寄り添い、出版だけでなく、汚染を引き起こしたチッソ本社前で抗議活動、デモ活動を行ない、声をあげ続けた。
他の代表作に、ジャーナリズムに作品を発表するまでの散文を集めた『潮の日録』、自身の幼年期の目線から水俣の世界を描く『椿の海の記』、食べることに関するエッセイ『食べごしらえ おままごと』、天草・島原の乱を描いた大河小説『アニマの鳥』、詩集『はにかみの国』など。
2018年2月10日、死去。享年90歳。

石牟礼道子 作『緑亜紀の蝶』

「ああこれは、この世でたったひとつでもよい、いのちある間に どうしても聴きたいと思うておった うた というものではあるまいか。」

石牟礼道子『緑亜紀の蝶』より

3月11日。石牟礼道子さんのお誕生日に、舞台『緑亜紀の蝶』に出演します。

『緑亜紀の蝶』について

石牟礼道子詩集「はにかみの国」(芸術選奨文部科学大臣賞受賞)に収録作品。
この作品は石牟礼さんの作品の中で一番明るい作品とも言われています。

(物語)
 アコウの木の根に宿っている夢見神が、お使い蛇の白ヘビベラの魚と共に、九州の南の浜辺から潮にのって、不知火海(しらぬいかい)、天草久高島を渡り、最後に与那国島の宇良部岳へたどり着くお話です。
 その途で、生命の根源を地の層に発見し、またさらに、海の中にある層に、地球の生まれるずっと前の太古の命を見つけます。

 夢見神は、「私は一体何者なのか?」「生命の根源はどこにあるのか?」と、漂いながら問います。
海の奥底で、水の神・白ヘビは「タイムトンネルを潜って太古へ行こう」と謳います。
緑(生命の色)亜紀海流にのり、太古の感覚の世界に入っていきます。

そこには泉に向かう乙女たちが、満潮の潮の中で
♪え おとめ 恋しや いんいんいん
 え おとこ恋しや いんいんいん

と、唄っています。その歌声(生命の産む力)を体にまといながら、さらに、深い生命の歌・与那国スンカニに出会います。
その歌は、夢見神が「命あるうちに どうしても聞きたいものだと思っていた」うただった。

その唄で、海そのものが緑色に透き通り、、俄かに明るくなって、、海が鳴り、アコウの木に宿る夢見神と白ヘビは、海の上に生命の迸りを見ます。(何を見たのかは劇場で!)

(メモ)

 夢見神はふさいでばかりいるので「ふさぎ神」と呼ばれます。
起きているときは憂鬱でならないので、寝ています。そして夢を見ています。
夢を見たまま、潮にのって海の上を揺蕩います。

 夢見神は、どうして塞いでいるのかは、物語のどこにも書かれていません。しかし、憂鬱で憂鬱でたまらないので、微笑んだつもりでもベソをかいているようなのです。

この夢見神は作者の石牟礼さんそのもののように思います。
文明により汚染された海を抜け出し、太古の記憶が残っている海の中の層を想像し、さらに、南へ南へと海を渡り、ひとのいのちの声がのこっている「うた」に出会います。

詩的な表現で物語は語られていきますが、だからこそ、質感、生命の手触りやいぶき、色彩感覚が伝わってきます。

緑亜紀の蝶 チラシ

一人芝居『衣(きぬ)』取材

草の道を切ってはならぬ 水の道を切ってはならぬ

『衣』より

一人芝居『衣』 作・出演:なかええみ
上演:2019.3.30-31

<あらすじ>
戦の場で山を焼き、血なまぐさい争いの中にいた男。山に立ち上る煙が、雷雲を起こす。草木燃え、降り注ぐ雨の中、男は倒れる。
その後、男は、草木、地、風、諸共から声を聞き、苦しむ。その声から逃げるように、男は音を失い、目も見えなくなる。
下男のふとじと共に、田舎の集落に身を寄せる。身を寄せた家屋の庭に一本の桑の木があり、その木の下に衣が落ちていた。その衣には草木の香りが立ち込めていた。男はその衣を身にまとい眠った。泥のように眠り、病を回復する。「この衣は一体誰が置いたのか?」気づくと、明日は彼を慕い亡くなった女性(草の方)の命日。
その時に、男は草の方の言葉をまざまざと思い出し、「これは草の方の衣だ」と気づく。草の方は、草の効能を知り、遠くまで馬に乗っては草を採りに行っていた。衣には草、土の効能が服用されていたのだ。
 「なぜ、私を助けたのか!・・・ 草の方は己の浅ましさを知っているのに!」
草の方の真意は?
  男は問い続けられる。男は戦の場に戻ることを辞め、ふとじと共に、その集落で暮らすことを決める。共に汗を流し、米を育て、藁を編み、生活用具も作る。
満月の夜、皆と疲れて原で寝ている時に、また暗闇に襲われる。しかし、キラキラと粉の光が空を舞う…「草の方だ!」。草の方が蝶となり、現れた。
 夢か現か、定かでない中で、二人は舞い踊る。
そろそろ、朝になる。草の方は、男は言う。 「草木土砂、風、水を弔いましょう・・・人の戦によりて、草木、有象無象の命も互いに傷ついた。全ての命を弔おう・・そして、あなたが帰ってきたいと思う世にしたい」
朝になる前に、蝶は空に消える。幻のできごとか? 心患いの幻想か?
いや、確かなものとしてここに残っているもの、それを頼りに男は生きていく。

自然と人をテーマに活動している なかええみの新作(2018初演)。
西日本豪雨の広島に取材し書かれた作品。
実際に水害被害を受けた衣(岡山の薬効手染め あるでばらん)を着用。

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<創作ノート 一部>

2017.6.28~7.8 西日本を集中豪雨が襲う。(西日本豪雨
この豪雨により、西日本を中心に多くの地域で河川の氾濫や浸水害、土砂災害が発生し、死者数が200人を超える甚大な災害となった。また、全国で上水道や通信といったライフラインに被害が及んだほか、交通障害が広域的に発生した。平成に入ってからの豪雨災害としては初めて死者数が100人を超え、平成最悪の水害。心的外傷後ストレス障害も報告されている。

2017.9.16 広島・呉に赴く。町を歩き生活の場を一変した水の勢い、雨の凄まじさを思いました。様々な場所でそこに暮らす人の声を聞きました。また、山の風景を見ていた時に、劇中「草の道を切ってはならぬ 水の道を切ってはならぬ」というセリフが聞こえてきたように思いました。

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呉では、その日、電車が開通した2日目だった。にも関わらず、線路の脇にある原爆慰霊碑の周りは清められていました。災害から1ヶ月後の8月6日の式典をきちんと執り行ったと聞きました。

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原爆慰霊碑 手前の黒いものは土砂を詰めたビニール

そのまま、広島市まで足を伸ばし、原爆ドームへ。不毛の地になると言われた広島の地に青々と緑が生えていた。その地でも多くに人に声を聞かせていただいた。心傷む言葉や思いの中にあって、
青々とした緑に救われた。自然の脅威、人の脅威、人の思い、自然の癒し、、祈りを考える旅だった。

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青々とした緑に囲まれた原爆ドーム

草木染め「あるでばらん」

一人芝居「」で衣装に使わせていただくのは、2018年の西日本豪雨で被害を受けた岡山県笠岡市・草木染め「あるでばらん」の中村ふみさんが染めた衣です。

土砂に埋もれた布を一枚一枚手で洗い再生させた。

あるでばらんは、西日本豪雨で決壊した小田川のそばにあります。
私は小田川に訪れたることはできなかったのですが、あるでばらんの社長の中村俊一さんが寄せた文章から、その当時の様子を知りました。
ここに引用します。

7月の西日本豪雨災害(正式名称「平成30年7月豪雨災害」)で、小田川の決壊により4000世帯以上が甚大な浸水被害を被った真備町のことは、多くの方の記憶に新しいところだと思います。
弊社アルデバランは、そこから西へ約20キロ。小田川沿いの岡山県笠岡市甲弩(こうの)にあります。

アルデバランは、主にシルクなど100%天然の素材に、100%天然の草木を使って《ノンケミカル》で染めた、肌に触れて身につける「衣」を製品化している会社です。

弊社は小田川の土手から歩いて10歩のところですので、朝は川を眺めながら出勤し、時には仕事休めに川土手に立ってほっと一息いれる。

それがいつもの小田川との付き合い方です。

ですが、2018年7月7日の朝は違いました。

笠岡市甲弩地区でも170世帯あまりの家屋が床上浸水の被害に遭い、アルデバランも、事務所・ショップ・染場・縫製場・倉庫の全てが床上浸水となりました。

昔から小田川は氾濫する川で、祖父からは甲弩地区でも約50年前には水に浸かったと聞いてはいましたし、この地に住んで30年の間、豪雨の際に川土手ギリギリまで水かさが増すことも数度経験していましたが・・・「まさか」自分が被害に遭おうとは・・・
【豪雨明けの初日】

7日の朝、車で10分ほど離れた自宅から車を走らせてアルデバランに向かいました。

いつも通る道は、土砂で埋まって通れません。

「え。」

いやな感じです。

迂回した道は、今度は冠水して通れませんでした。

「えええっ…。」

いやな感じです。

山側に迂回して小田川に。

広い川幅に広がる一面の濁流でした。ですが、水かさがは多少は引いていました。

川を渡って土手から眺めると、そこは茶色い水面がただ広がっていました。

「え…え……え……。」

アルデバランの前のいつも土手で、車から降り、泥水の中に立つ建屋をしばらく眺めていました。

写真でもお分かりの通り、水位は地面から70cmくらいで、2階まで水が押し寄せた真備町に比べれば全く大したことはないのです。それでも、目の前のいつもとは全く違う風景に、落胆もなく、受け入れもせず、ただ呆然と向き合って、何もできないので家に帰りました。

7日はそこから何をしたか覚えていません。

【再び歩き出すために】
翌8日の朝には、ありがたいことに水は引いていました。
まずはどうなっているのかと歩きました。
敷地一面に、家中も、灯油の匂いが強く漂っていました。
新しく事務所にした元住居の玄関、一段高いフローリングの床の全ても薄っすらと細かな泥で覆われていました。
ショップは漆喰の壁にくっきりと水跡が残り低い位置にあった商品は泥を被っていました。
棚や収納ボックスが散乱していました。
隣の染め場も、泥で覆われ散乱していした。
古い民家の別の事務所も縫製場も、畳は泥で濡れ、冷蔵庫やら重たい木の棚や土間部分に木で作ったとても重たい床までもが、水で浮かされて倒れたり斜めに傾いたりしてました。
床上の何もかにもが、薄っすらとでも確実に泥にまみれて濡れていました。
「どこから、どうすれば」と悩む暇もなく、被害を聞きつけたスタッフや、そのご家族、近隣の友人たちが駆けつけてくれて、あれよと言う間に10名を超え、新しい事務所から片付けが始まりました。
まずは家財を全て外に出し、物を選別し、使えないものは捨て、使えるものは全て洗い泥を落とし、床を洗い、拭き上げ乾かし、戻せるものは家に戻し、被災1日目があっという間に過ぎました。
彼らがいなければ、きっと半日くらいは、ひょっとすると丸一日くらいは何もできなくて眺めていただけだったかも知れないと今思います。
それから、ほぼ2ヶ月の間、スタッフと多くの友人達やボランティアの力強い心ある手助けの中、大いなる掃除と断捨離と片付けの怒涛の日々を過ごしました。

ふるさと岡山応援事業HPより

現在、アルデバランさんは、再び草木の力、そして、手仕事を大切にし、人の心にも体にも優しいものつくりを再開していらっしゃいます。
お店のHPはこちらです。

服用について

この布を纏りし、草木土の香りが立ち込め眠りにつけた。草木となりて土に眠るごとく。

『衣』より

一人芝居『衣』 作・出演:なかええみ
上演:2019.3.30-31

薬効手染め あるでばらん の 布

服用。
衣を草木で染める、数度も数度も染めを重ねると、色は深くなります。

色には草の本性が入り、草の生命力が宿る。衣は草の生命を宿している。
病の時に 病害を防ぐ時にある草木で染められた衣を纏い、予防や治癒、魔除けをする習慣があります。

お薬を飲むことを「服用」と言うのは このような効能からといわれています。

「衣」大阪初演時の様子

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