作家・藤原新也さんと石牟礼道子さんの対談『なみだふるはな』という書物があります。
冒頭で「ふたつの歴史にかかる橋」と題して、藤原新也氏がこのように書いている。

1950年代を発端とするミナマタ。
そして2011年のフクシマ。
このふたつの東西の土地は60年の時を経ていま、共震している。非人道的な企業管理と運営のはての破局。
その結果、長年に渡って危機にさらされる普通の人々の生活と命。
まるで互いが申し合わせるのかのように情報を隠蔽し、
さらに国民を危機に陥れようとする政府と企業。
そして、罪なき動物たちの犠牲。
やがて、母なる海の汚染。歴史は繰り返す、という言葉がこれほど鮮明に再現した例は稀有だろう。
「ふたつの歴史にかかる橋」藤原新也
そのふたつの歴史にかかる橋をミナマタの証言者、
石牟礼道子さんと渡ってみたいと思った。
藤原新也氏がこのように書くように、二つの海の汚染は同じようにコンクリートの壁を使って封じ込めようとし、まだ終わっていない。
■水俣の汚泥の処理
水俣の汚染を解決するためにチッソの工場から水俣湾に流された水銀ヘドロは埋め立てられ、その地は公園になり、不知火海が見渡せる場所に慰霊の碑が立つ。
海に汚染魚を封じ込めるための「仕切り網」が放たれた。
埋め立て地は、水俣湾の奥部にあたり、水銀値の高い汚泥がたまったところを鋼板で仕切り、比較的濃度の低い汚泥で埋め立て、さらに、山の土で覆った。
全体で約58ヘクタール。1990年に埋め立てが完成した。しかし、汚染泥を囲っている鋼板の耐用年数は約50年とされている。昨年の熊本地震でも汚泥の染み出しが危惧されている。
参照:朝日新聞「知る水俣病」
参照:「熊本地震で水俣病再来の危機」AERA
■福島の放射能汚染の処理
福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水(溶け落ちた核燃料を冷やすため、原子炉に注がれた水)は、そこに流れ込む地下水も合わさり、毎日490トン増え続けていたので、建屋の周辺の地盤を凍らせて氷の壁で取り囲み、地下水の流入を抑える対策をした。「凍土壁」。また、地下水はタンクでの保管。それの置き場所は2022年夏ごろ限界になるとの試算している。立ち並ぶ約960基の巨大タンクに、トリチウムなどを含む水110万トン超を保管。事故直後に比べて汚染水の発生量は減ったが、浄化処理後に保管する必要のある水が今後も年間5万~10万トン新たに出る。早ければ2年程度で容量が限界に達する。処分方法は決まっていない。
参照:「原発のない国へ」東京新聞
3月11日に上演する 石牟礼道子作「緑亜紀の蝶」についてはこちら。
