一人芝居「衣」で衣装に使わせていただくのは、2018年の西日本豪雨で被害を受けた岡山県笠岡市・草木染め「あるでばらん」の中村ふみさんが染めた衣です。

あるでばらんは、西日本豪雨で決壊した小田川のそばにあります。
私は小田川に訪れたることはできなかったのですが、あるでばらんの社長の中村俊一さんが寄せた文章から、その当時の様子を知りました。
ここに引用します。
7月の西日本豪雨災害(正式名称「平成30年7月豪雨災害」)で、小田川の決壊により4000世帯以上が甚大な浸水被害を被った真備町のことは、多くの方の記憶に新しいところだと思います。
弊社アルデバランは、そこから西へ約20キロ。小田川沿いの岡山県笠岡市甲弩(こうの)にあります。アルデバランは、主にシルクなど100%天然の素材に、100%天然の草木を使って《ノンケミカル》で染めた、肌に触れて身につける「衣」を製品化している会社です。
弊社は小田川の土手から歩いて10歩のところですので、朝は川を眺めながら出勤し、時には仕事休めに川土手に立ってほっと一息いれる。
それがいつもの小田川との付き合い方です。
ですが、2018年7月7日の朝は違いました。
笠岡市甲弩地区でも170世帯あまりの家屋が床上浸水の被害に遭い、アルデバランも、事務所・ショップ・染場・縫製場・倉庫の全てが床上浸水となりました。
昔から小田川は氾濫する川で、祖父からは甲弩地区でも約50年前には水に浸かったと聞いてはいましたし、この地に住んで30年の間、豪雨の際に川土手ギリギリまで水かさが増すことも数度経験していましたが・・・「まさか」自分が被害に遭おうとは・・・
【豪雨明けの初日】7日の朝、車で10分ほど離れた自宅から車を走らせてアルデバランに向かいました。
いつも通る道は、土砂で埋まって通れません。
「え。」
いやな感じです。
迂回した道は、今度は冠水して通れませんでした。
「えええっ…。」
いやな感じです。
山側に迂回して小田川に。
広い川幅に広がる一面の濁流でした。ですが、水かさがは多少は引いていました。
川を渡って土手から眺めると、そこは茶色い水面がただ広がっていました。
「え…え……え……。」
アルデバランの前のいつも土手で、車から降り、泥水の中に立つ建屋をしばらく眺めていました。
写真でもお分かりの通り、水位は地面から70cmくらいで、2階まで水が押し寄せた真備町に比べれば全く大したことはないのです。それでも、目の前のいつもとは全く違う風景に、落胆もなく、受け入れもせず、ただ呆然と向き合って、何もできないので家に帰りました。
7日はそこから何をしたか覚えていません。



【再び歩き出すために】
ふるさと岡山応援事業HPより
翌8日の朝には、ありがたいことに水は引いていました。
まずはどうなっているのかと歩きました。
敷地一面に、家中も、灯油の匂いが強く漂っていました。
新しく事務所にした元住居の玄関、一段高いフローリングの床の全ても薄っすらと細かな泥で覆われていました。
ショップは漆喰の壁にくっきりと水跡が残り低い位置にあった商品は泥を被っていました。
棚や収納ボックスが散乱していました。
隣の染め場も、泥で覆われ散乱していした。
古い民家の別の事務所も縫製場も、畳は泥で濡れ、冷蔵庫やら重たい木の棚や土間部分に木で作ったとても重たい床までもが、水で浮かされて倒れたり斜めに傾いたりしてました。
床上の何もかにもが、薄っすらとでも確実に泥にまみれて濡れていました。
「どこから、どうすれば」と悩む暇もなく、被害を聞きつけたスタッフや、そのご家族、近隣の友人たちが駆けつけてくれて、あれよと言う間に10名を超え、新しい事務所から片付けが始まりました。
まずは家財を全て外に出し、物を選別し、使えないものは捨て、使えるものは全て洗い泥を落とし、床を洗い、拭き上げ乾かし、戻せるものは家に戻し、被災1日目があっという間に過ぎました。
彼らがいなければ、きっと半日くらいは、ひょっとすると丸一日くらいは何もできなくて眺めていただけだったかも知れないと今思います。
それから、ほぼ2ヶ月の間、スタッフと多くの友人達やボランティアの力強い心ある手助けの中、大いなる掃除と断捨離と片付けの怒涛の日々を過ごしました。
現在、アルデバランさんは、再び草木の力、そして、手仕事を大切にし、人の心にも体にも優しいものつくりを再開していらっしゃいます。
お店のHPはこちらです。
